こんばんは。
毎年、秋になると岐阜にある『すや』というお店の栗きんとんを食べます。
今年も我が家にやってきました(^O^)
先週、たまたま娘が名古屋へ出張があったようです。
『すや』のお店が毎年期間限定で
名古屋に出店されているので、そちらから送ってくれました。
相変わらず、今年もおいしかった( ◠‿◠ )
この栗きんとんを学生の頃の友達に届けて、食べてもらいました。
友達と会った後に
わたしは『手当て』という言葉について感じたことがありました。
この友達は、わたしが心の病でまだお布団で毎日を過ごしていた頃
わざわざ我が家に寄って来てくれていました。
その頃のわたしは食事もほとんど出来ていなくて
お風呂だって時々しか入れていない毎日で
顔はきっと表情もなく、体もガリガリでそばにいたら絶対怖かったと思うんです( ; ; )
そんなところに来てくれていました。
今回、栗きんとんを届けに行った時
友達が、我が家に来てくれていた頃に、
わたしがどんなことを話していたかを教えてくれました。
友達が教えてくれたのは
わたしは、泣きながら毎日が怖い怖いとか、
不安に感じていることを話していたらしいです。
そんな暗い話を、友達はずっと横で聞いていてくれたんですね(−_−;)
(わたしはあの頃の記憶があまりはっきりしていません)
そしてそんな暗い話をずっと聞いていてくれた時
友達はずっとわたしの背中や腕をさすってくれていた事を覚えています。
あの時、いつもいつも休むことなく怖いという感覚に襲われていたのですが
何故か、さすってもらっている時だけは少し怖さが和らいでいたように思います。
わたしは元気になってきた頃に
あの時、友達がずっとさすってくれていた事を思い出して
本当に有り難かったな〜と今度はこころが和らぎました。
怪我などの処置をするのに、『手当て』という言葉が使われますね。
今回、友達がわたしの腕などに手を当ててずっとさすってくれた事で
わたしの気持ちが和らいでいたことを思い出すと
これが本当の『手当て』なのかもしれないなと感じました。
子供が泣いていた時に、よしよしと身体をさすってやっていた事
あれも『手当て』の一つだったのかな〜。
ず〜っと、話を聞いて腕をさすっていてくれていた事を
わたしはこれからもずっと忘れないと思います。
人の優しさというものは、いつまでもこころに残りますね( ◠‿◠ )
今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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